キッチン会議

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息をするように家事をする
家事をすることで学んでいくもの

「捨てる技術」の著者、家事セラピスト辰巳渚さんの取材

取材 | 2017.3.28

20年ほど前、捨てる技術で100万部というベストセラーになった辰巳さん、ものを捨てることの大切さを伝えてきたのは、捨てることによって、自分にとって大事なものを見つけるということでした。その本には20項目の捨てるための知恵が解説されているのですが、読んでいくとそれが単に捨てるためのノウハウとは少し違うことに気づきます。自分とモノとの関係性を深く観察していくことで、そのモノと関係しているコトや家族との関係を見直していくことを説いています。その関係性の観察によって豊かさとは何か、幸せとは何かということを考えるきっかけになっていくのです。辰巳さんのところには、多くの方が捨てられない、片付かないと相談が来ます。
しかし、ただ捨てれば幸せになるということではないですし、捨てなければいけないというプレッシャーがかえってストレスにもなるものです。
ご自身のことを家事セラピストと言うように、相談者の現実に向き合って、家事を通して悩んでいることを解決していくのです。片付けがうまくできないと思っている人に、本当は「私とモノ」、「モノと家族」との関係がうまくいっていないから、片付けもうまくいっていないことに気づいてもらいます。

今を大切にし、潔く決心、行動をする

捨てる技術の著書に書かれている一貫している思想は「いま」と「私」そして「決断」です。例えば、「いつかは使うかもしれない。昔使ったから。母が大事にしていたから。あとで考えよう。」などはよく聞く相談ですが、実際には、そういういつかは来ることは稀なことでしょうし、過ぎ去った昔はもどってこないのです。母が大事にしていたものは私のものではありません。もちろんすべて捨てろという意味ではありません。母との大事な思い出、見るだけで、また持っているだけで心が落ち着くものもあるでしょう。それは「私」が納得し、残すと決断して持っていることが大事なのです。今に集中して問題を先送りせず、日々潔い決断を重ねていくことが大切なのです。

本当はこうしたい

相談にこられる多くのかたが、写真を見せながら「本当はここにはものがないはず。本当は料理はもう一品つくるのですがこの日は、」と語ります。「本当は」という言葉を多くの方が使うそうです。しかし実はこの「本当は」の言葉の裏側に、問題解決の糸口があるといいます。本当はこうありたい、こうでなければならない、それなのに現実は違うというギャップがストレスイライラを増していくのです。理想の家事像を知らないうちに作り上げてしまっているのです。まずは目の前の現状を受け入れること、それがどうして起きているのか、そのことを見つめ、その現象を引き起こしている家族の心の内を覗いていくのです。愛する家族のための行動が裏目に出ていることもあるのです。「本当は」でなく、家族のそれぞれの想いに心を寄せていくこと。そんなことを辰巳さんは大切にしています。そして家族への思いやりが生まれる時、これでいいと受け止められるようになり、家事へのハードルが下がるそうです。ご主人が脱ぎ捨てた靴下に苛立つのでなく、それは自分が拾えばいいのです。そして不思議なことに下げたハードルによって、状況は好転することも多いのだそうです。辰巳さんの指導は、家事を通して家族の関係を見つめなおしたり、自分の譲れない貫く信念を見つけ出したりともっと根源的な生き方暮らし方の問題に迫っていきます。その心の持ちようが変わったとき自然と家事はうまくなっていくのです。

息をするように家事をする

家事は息をするように淡々とやるもの、そう辰巳さんは言います。暮らしはどんどん変わるもの、移りゆくものですが、その中で変わらない日常として家事を淡々と続けていくことが、精神的なバランスを保っていくことにつながっていくと言います。家事をすることで、人間がもつ本来の人間の力を呼び起こすこともできるそうです。
昔から家事は誰もがずっとやってきたこと。食事を食べるためには作らなければならないし、気持ち良く過ごすには掃除もしなければならないのです。家事は暮らしの基本です。それを息をするかのごとく行うのです。身体と所作が一致していくことで身体が健康になるように、その時に空間や人の心も整った状態が生まれてくるのです。そしてそのコツは完璧にやろうと意気込むのでなくある程度の状態でよいと捉え、家事とうまく付き合ってみることも大事だともいいます。大切な視点は、無理をしない。頑張らない。自然体、そしてハードルを下げることのようです。

一人で、そして無心になる場所がキッチン

壁のタイルを自分で貼った自宅のキッチン

キッチンについても伺いました。

辰巳さんが使ってきたキッチンは、すべてI型だそうです。15年間住んだ茅ヶ崎の家のキッチンも、現在の浅草の住まいに入れたカスタムメイドのキッチンも、窓や壁に向かって台所仕事をし、振り向くと食卓とその向こうにリビングルームがある空間です。
なぜI型なのか。辰巳さんにとって、台所仕事は一人でするものだからなのです。しかし、1年間だけ住んだ昭和40年代築のマンションのキッチンは、同じI型だけれども穴倉のようで嫌だったとも言います。一人でするといっても隔離されていたのでは居心地が悪かったためです。
包丁を使うときには、目の前の包丁と野菜とまな板に、無心に向き合います。炒め物をするときは目の前のフライパンと野菜の炒められる音に耳を澄ませ、色が変わっていく材料の「ここだ」というタイミングに目を凝らします。そんなとき、話しかけられたり人やテレビが動く姿が目に入ったりすると、余計な情報が入ってきてしまうのです。
「一人で作業する」とは、作業に没頭してほかを遮断することではありません。作業に伴って起きていることを、五感を開いて感じ取りながら、余計なことは考えない状態だと言います。料理がうまくできあがったときは、すべてを制御していたような統合された感覚があるのです。
そして、できた料理を皿に盛りつけ、振りかえってそこで待っている家族や友人に心を向ける、というのです。

家事は生きること

「家事をうまく行うためのコツは、心、技、体なんですよ」という辰巳さん。楽にできる特別な技や高度な技術は日常の家事には必要ありません。心と体と技を伴いながら作業をしている「今あるここ」の時間にしっかり向き合えば、家事は必ずじょうずに、楽しくできるようになるのです。
まるで武道の話を聞くようですが、「いま流行りのマインドフルネス(*)も、同じことを言っていますね」とのこと。「家事は、繰り返しばかりのめんどうな仕事だ、という見方を変えれば、生きることの愉しみを与えてくれるクリエイティブな作業です。

便利さということ

こうした話を伺いながら、便利さということについても考えさせられました。早くこなす、楽にこなす、そうした合理性に目をむけるのでなく、家事が豊かさを手に入れるための学びだとするならばあえて便利でないことを選ぶのも選択肢の一つです。時間がある時は(または「週末は」)手間暇かけて料理をしてみる。おいしい料理をつくるために何度もチャレンジをしてみる。掃除機を捨てて雑巾で床を拭いてみる。そこにあらたな家事との関わりができるかもしれません。欲望としての利便性と身体の学びは一致していないかもしれません。掃除がうまくいかないと悩んでいる方もこうした視点で家事に向き合ってみることで今までとは違う気づきが生まれるかもしれません。

「捨てる技術」、そのことを達人になるための修行のようなことを想像する方も多くいるでしょう。そのようにしたいけれどできないと自分を責める人もいるはずです。しかし辰巳さんはもっと緩やかに、自然体で、ハードルを下げて無理をしないで行っていくものだと言われます。ただ続けていくだけでそれで充分素晴らしいことなのだと。聞いていると気持ちが随分楽になっていきます。みなさんはご自身の家事をどのように感じていますか。
みなさんのご意見をお寄せください。

*禅や太極拳などの方法を取り入れた無心になるトレーニング。そのことで生産性、創造性などを向上させる全米でヒットしているプログラム。

辰巳渚(たつみなぎさ)

1965年 福井県生まれ 
1984年 東京都立立川高等学校卒業 
1988年 お茶の水女子大学文教育学部地理学科卒業 
     株式会社パルコ入社
     マーケティング雑誌「月刊アクロス」記者、編集者 
1990年 株式会社筑摩書房にて、書籍編集 
1993年 フリーのマーケティングプランナー、ライターとして独立 
2000年 著書『「捨てる!」技術』が100万部のベストセラーに 
    (宝島社新書)
 
以降、文筆をメインの仕事に発言をつづけている。 

2008年 家事塾設立、代表 

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